重心としての肚と身体の主軸

次のような動画はユーチューブで多く見つけることができますが、ここではただ、私がRuthy Alonという人が創設した「Bone For Life」というコースで勉強した時に知った動画を見ていただきます。このコースについては語りません。ここでは、身体の主軸を意識することから丹田力を鍛える、自然体に近づくことについて少々の思いを述べます。

インターネットで検索すると、この動画に出ているような人達は自分の体重の20%までに当たる重さの物を頭上に載せて運んでいます。手を添えもせずに頭上に載せ動き回るには、本能的に身体の主軸に沿ってバランスをとることができなければなりません。

もう一つの極端な例として次に挙げたのは、アイアンガー師が頭頂部だけを地につけて逆立ちしているものです。引用は、Noëlle Perez-christiaensという人の書いた「thus spake B.K.S.Iyegar」(B.K.S. アイアンガーはかく語りき)という本からです。この写真の下に、「力ではなく、体の知性(本能、バランス感覚または能力)によってバランスを保たなければならない。力によってバランスを保つ時は身体の動作としてなされており、体の知性によってバランスを保つ時は動作の中にリラックスがある。」というコメントが書いてあります。

46ページより ISBN 2-90268-07-0

沖道ヨガでは、自然体、肚、丹田という言葉をよく使います。世界中に広がっている沖道ヨガのクラスに参加されている方々は、多分「生命力強化法」の本に見られるような独特のダイナミックな動きに出くわしたことがあるでしょう。しかし、私個人にとっては、あのように連続的にダイナミックに動くことは、丹田の位置の意識化を高めるためにはあまり適していません。

それで、私は、上の動画のアフリカの人達が使っているように見えるヘッドクッションを作ってみました。丹田の位置の意識化を練習するために、時々これを頭上に載せ、さらに余分の負荷も加えたりしながら、簡単な家事をしたりします。その時感じるのは、頭上の負荷を自分として一番高い位置に保とうとする時は、同時に、下の図のように矢印があらゆる方向から一点に向かうように周りの筋肉群が働いている時だ、ということです。また、この状態で働き続けるには体の他の部分はリラックスしていなければなりません。「体中の力がただ一点丹田に集中し、他の部分は力が抜けている」、これが自然体です。

丹田はどこにあるのか正確な感覚をつかむのは殆ど不可能だと思いますが、この練習をすると、少しその感覚に近づくような気がします。このような内部感覚を養うことは、ヨガを学ぶ者にとってとても大切な訓練だと思っています。

22ページの一部 沖正弘著「生命力強化法」ISBN 0014-18104-6135

日本語の「肚」という言葉は、身体的整理的な意味以上のもの、訓練によって発達した精神的品性とでも言える意味を含んでいます。ですから、別のタイプの「肚の鍛え方」として、自分の日常生活の事柄・問題に真摯に向き合って、精神的にきつくつらい時は忍耐心と決意を呼び起こしつつ、それが解決するまで一歩一歩解決しようと努めること、そして、そういう義務感や逃げたい誘惑が、関わっているすべての人達への愛へ、またそれをも超えた愛へ、人生そのものへの愛へと、次第に移行していくこと、そういう「肚の鍛え方」があります。

話を元に戻して、もしかすると、皆さんの中で、身体の主軸と肚の意識化を高めるためにここに提案された方法を試してみたい方がおられるかもしれないので、ヘッドクッションの作り方を以下に書いておきます。まず、最初の図にあるように、A、B、Cの型紙を作ります。図にあるように、円周を6等分して印を付けます。BとCの円弧上にも、Aと同じ間隔で各々2か所、4か所に印を付けます。

次は、下の写真の番号に従って進んでください。

1.内袋を作るために、白木綿布から型紙Aに合わせて円盤状の物を2つ裁ちます。中表に合わせて(6等分した印どおしを重ね)細かい縫い目で縫います。あとでクッションの中身を入れるので、一か所縫わずに開けておきます。縁を縫って強化します。

2.印をつけたところを写真のように摘まんで、約2.5cm縫い、立体的にします。

3.6箇所全部塗ったら、このようになります。

4.ひっくり返します。

5.この内袋に250グラムの亜麻の実(なければ白米が良いと思います。小豆は粒が大きくごろごろします)を入れて、空き口を細かい縫い目で縫います。

6.写真のように真ん中を縫って凹みを作ります。

7.これでクッションの実質部ができました。

8.次に外袋用の布から、型紙A、B、Cのものを一つずつ裁ちます。BとCの直線部をそれぞれ二重に折って縫います。Aの布を表を上にして置き、その上にC、さらにその上にBを、いずれも表を下にして、円周と6か所の印がすべてAと一致するように置きます。ピンで止めるかしつけをして、全円を縫います。さらに縁を縫って強化します。2mmぐらい外を縫うと、適当なゆるみができて、中身を入れやすくなります。次に、内袋でしたように6か所を摘まんで縫い、立体的にします。ここまでできたら、写真8のようになります。

9.反対側はこのようになっています。

10. ひっくり返します。

11.すでに作ってあるクッションの実質部をこの外袋に入れます。

12.完成!外袋は必要に応じて洗えます。

動画「20分床エクササイズ」における力のかけ方

これらの体操の効果は、たくさん曲がっているように見えたり、または硬そうに見えたりするという外見から量ることはできません。他の人よりも柔軟に生まれている人もいます。また、柔軟そうな人の中にも、身体も一部はそうでも、他の部分は硬い人もいます。ですから、もう「硬い」「柔らかい」という言葉から離れて、自分独自の現実を尊重しそこから始めましょう!体の使い方の原則と調和息と集中心をもって練習すれば、誰にも同じ程度の効果はあると思います。

動画の最初の方の数秒に、「呼吸は鼻から、動きと合った調和息で、自分のペースで流れるように動いてください」と簡単に注意書きをしましたが、これは、「身体が硬くて思うように動かないときでも、息を詰め止めたまま力で押さないでください」という意味を含んでいます。こういうことは、いろいろの条件が相まって起こっているのですから、力で押しても、長い間かかって積み上げた状態を変えることはできません。保留息とは意識的行為を伴うもので、ヨガの練習では別の目的に使われます。

では、動画を脇で流しながら、自分の呼吸のペースで練習してください。そして、時々このページを見て、それぞれの動きにおける力のかけ方をチェックしてください。それにより、少しずつ技術的な理解が高まり、効果も上がることと思います。

オンラインレッスンの効果について

コロナ規制に合わせて4月初めからオンラインレッスンを週2回のペースで始めました。ここ2-3年海外へ行くことで普段のクラスをキャンセルせざるを得ない状況が増えてきていたので、このアイディアは心の内では温めていたところでした。さて、受講者の方々からこれまで大変良いフィードバックをいただいているので、皆さん、身体面では普通にヨガ教室に来られてと同様に効果を感じられているものと思われます。それで、この場では、「オンラインレッスンから起こる心理的な効果」ということで思うところを述べたいと思います。

私が沖先生から習ったことの一つは、ヨガは究極的に「自分自身の内にある貴いもの(アートマン)と、宇宙の森羅万象を存在させ生じさせる自然法則(ブラフマン)は同じものであるということを把握しつつ、自分が自分の主になっていくこと」を教えるものである、ということです。この太字部分を沖先生は独特の表現で「生命即神」と言われました。そして、このように各人が自分自身の主になる修業をしながら、お互いを敬い、助け合い、ともに発展していくことが理想的な人間社会であるというのが沖ヨガの教えです。

一回が90分のオンラインレッスンを流しながら、私は、このやり方は、私たちの意識を上記のような方向へと高める路線においてでずいぶんと役に立つ方法だなと思っています。そう思う理由を以下に二点書きます。

1.英語のことわざに「馬を水のある所へ連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」というのがあります。そのように、「何事でもなして効果を得るには、自分が意識的にやろうと思って取り組まねばならない」ということには、基本的な重要性があります。オンラインレッスンに参加するにしても、これまでの日常生活の段取りを変えたり、自分にとって大切な「自分の時間」をくれるように家族に協力を頼んだり、落ち着いた環境でレッスンに入れるよう部屋の準備をしたり、必要物をそろえたり等々、家をパッと出て、もう全部整っているヨガ教室に行くのとは違います。まとめて言うなら、たとえ90分であれ、自分の大切な特別の世界に入るには、それが可能になるように、あらゆる方向から自分自身が能動的に準備をしなければならないということです。大変でしょうか?でも、こういう自立性を少しずつ積み重ねていくこと自体がヨガの訓練ではないでしょうか。その積み重なりが自分の内でどう発展するか想像してみてください。すごい力になるのではないでしょうか。

2.オンラインレッスンでは、私は受講者の間を回って、個々に、体の位置角度やスピードや強度のアドヴァイスはしません。その代わり、受講者の皆さんが、私が角度や位置を微妙に変えて比較するデモンストレーションを観察し、少しの違いで派生する内部感覚の違いへの示唆を注意深く聞き、そして最終的には自分の身体を通して起こる内部感覚と対話せねばなりません。こうした「注意を向け聴く耳を澄ます」練習は、身体に重きを置いた体操が「ヨガの訓練」になるための非常に大事な要素だと思います。身体を入り口として意識力を発達させることで、心身霊に渡る人間存在のあらゆるレベルを統合することがヨガの方法です。一回ごとは短いレッスンであっても、そういう方向を見ながらやっていきたいと思っています。

私のクラスにレギュラーに来られていた人が全員参加というわけではありません。「ヨガのレッスンにテクノロジーを使って参加するのはどうも…」という方もおられるでしょう。個々に合う合わないがありますから、それはさておき、今のところ、大変良い面が見えるので、見直し工夫を重ねながら、大いに発展させていきたいと思っています。そのうち国境を超えた小さい集いになればいいなと思っています。

視点を変える

1978年9月29日に「ヨガ」十段階」というタイトルで沖先生が行われた講義の中から、先生の言葉を紹介します。

私は、救われる方法も、悟る方法も、願いを成就する方法も、健康になる方法も、すべての方法は一つだと思います。それは、いのちの喜んでくださるような生き方の、工夫と研究とその実行の努力をすることである、ということです。

例えばいのちは体を柔らかくするほど喜び、呼吸が深いほど喜び、自分に適した栄養を取ったときほど喜び、不要なものをためていると苦しみます。

先日、多くの会社の社長が集まって、熱海で三日間商人道のセミナーがありました。その時に「儲かる方法は何ですか?」という質問がありました。私は言いました、「簡単ですよ。あなたの店を見るときにあなたの目で見るからわからないのであって、他人の目で見るといいんです。客の立場であなたの店の前に立ってみて、あなたの店は入りたくなるような店か、また、入ってみて、その店を儲けさせてあげたい気持ちが起きるか、考えてみてください」と。このように違う視点から考えて見ることです。

聴く能力を持っていなければなりません。いのちに喜んでいただきたいなら、いのちの声を聴かねばなりません。いのちの言い分を聴く能力を持っていなかったら、自然治癒能力を高めようと思っても、高める方法はありません。いのちは絶え間なく要求を出しており、その要求こそが命の心なのです。だから命の要求を聴く練習しなさい。

また、いかなる場合も自分を「Yes反応」の状態に置いておきなさい。「Yes反応」とはどういうことかというと、いかなる刺激に対しても感謝の心で応えることです。

また、すべての物事を宇宙から与えられた恵みと解釈し貴く扱うこと。そういう心を養いなさい。例えば、水を飲む時には、ただ飲むのではなく、天地の恵みと思い、おかげを感じ、水に犠牲になっていただくと思うような心、それがぱっと出てくるように自分の心を養いなさい。

また、何事をするにおいても、「もしも自分が神様ならばこの場合どうするか」、「もしも相手が神様ならば自分はどうするか」と思えば、変なことはできません。接し方が全く違って来ます。

ヨガ10段階のうちプラティヤハラ、ダラーナ、ディヤナ、サマーディ、バクティ、ブッディ、プラサードは、こうした修養法です。

世界平和を実現するには一人一人が平和な状態でなければならない

私が前回の投稿「ヨガの教えること」で書いたことは、沖先生が「人間にとっての自然体とは、自然心とは、自然生活とは何か」について語られたこと、また、先生は「ヨガとはそれを我々に教えてくれる哲学と実践方法の体系である」と言われたことでした。

今回の投稿では、沖先生の小冊子「Last Lectures(最後の講義)」の中の2つの講義に注目しまとめました。この二つの講義とは、一つは1985年6月28日フィンランドで行われた講義、もう一つは1985年7月15日にベルギーで行われた講義です。先生の日本語での講義に玉木瑞枝さんが通訳として付きました。小冊子「Last Lectures(最後の講義)」は1985年夏にヨーロッパを回って行われた一連の講義をのちにテープほどきして、小冊子にしたもので、オランダのラーレン道場が出版しました。日本語判はありませんが、日常的な言葉で語られていて、ページ数も少ないので読んでみてください。先生から私たちへの最後のメッセージで、私はこれには他の本よりも注目しています。沖先生は常に、実に高邁な理想から、日常生活に適応できる実際的な示唆まで、私たちの注意をひきつけます。ここで選んだ二つの講義では、沖先生は次のように語り始められます。

「私の講演へ参加者の皆さんは、例えば、愛とは、宗教とは、平和とは、健康とは、ヨガとはという具合に様々なテーマで話を求められますが、今日は [どうやったら平和を創ることができるのか]というテーマでお話ししたい思います。なぜなら、[平和]という概念の中には人間性のいろいろな局面が含まれているからです。」

沖先生は、第二次世界大戦後に平和主義者になると決心して、いろいろな平和運動に参加されました。しかし、そこで知ったことは、紙上や口先での平和主義者は多くいるものの、その人達自身が必ずしも平和な人ではないということでした。それで先生は、「平和な世界を実現するためには一人一人が平和な状態でなければならない」ということが分かったと言われています。そして、平和な状態には、「平和な身体」、「平和な心」、「平和な生活スタイル」の三つの要素があると言われ、以下にそれぞれの項目について具体的に説明しておられます。

「平和な身体」を創るには

  • 筋肉の柔軟性を保つこと
  • 背骨を伸ばしておくこと
  • 呼吸を深くしておくこと
  • 血液をきれいに保つこと

ヨガのアサナとプラナヤマはこれを教えています。

「平和な心」を創るには

感情、欲望、知性の間のバランスを取ること。

  • 感情と欲望は、考えて起こるのでなく自発的に起こってくるものです。ある考えや感情が湧くとき、それを否定しないでください。その代わり、「この今起こった考え、もしくは、感情に対する反対の考えや感情は何だろう」と考えるのです。よく考えると、物事にはいろいろな解釈の仕方があるとわかります。そうして、最初の自発的に湧いた考えあるいは感情に対する反対のものを持ってくるのです。この練習を積んでいくと、皆さんの心は、「あれであれ、これであれ、大丈夫」と感じられるようになってきます。バランスの取れといない考えや感情は、適応能力が低い場合におこるものです。
  • 知性を平和に保つには、自分の理解していることと、理解していないことをきちんと区別することがまず大事です。

「平和な生活スタイル」を創るには

平和な生活スタイルとは、私たちがお互いに助け合い、一緒に発展していく生活スタイルです。これは愛のある生活ということです。人間の争いのもとはエゴイズムと執着です。平和な生活スタイルを実践するには、次のことを気に留めてください。

  • 物事の所有については、所有を悪いこととする必要はなく、それらの物事を公のものとして、自分と他の両方のために活用しなさい。
  • 何事をするにしても、それが自分のためと他の人のために同時に等しく半分ずつ有意義であるように行いなさい。自分自身の喜びと他の人の喜びが同時に等しく半分ずつであるようにしなさい。

このように、沖先生は私たちに、高邁かつ実際的な示唆を残してくださいました。私は、この両方の側面を持つことが沖ヨガの美しい特徴の一つだと思っています。

ヨガの教えること

沖先生の講義(1978.7.28 & 1978.9.29) から抜粋しまとめました。

ヨガという言葉の意味 は 「統一する」「結ぶ」ということです。何を結ぶかというと、プラスの働きとマイナスの働きを結ぶ。宇宙の働きは、プラスの働きとマイナスの働きが、絶え間なく変化しながら、バランスをとり、安定を保っています。これが自然法則です。私たちを生かしているのも自然法則の働きです。苦しみの現象(病気、悩み、不幸、災難、公害、戦争など)から救われるためには、私たちは自然法則にしたがう以外にありません。それは人間としての自然体、自然心、自然生活を把握し実行するということです。

人間としての自然体、自然心、自然生活とは、つぎのことです。

> 自然体:丹田力が高まっている。丹田力とは私たちが生まれながらに与えられているところの自然性維持能力(自然治癒能力)を高め強める能力のことです。

> 自然心:仏性が啓発されている。仏性とはすべてのものに感謝し、すべてのことを喜びが生まれるように貴いものとして解釈し、すべてのものを自分の味方・友達にできる能力です。人間だけがこのような心を持つことのできる可能性を与えられています。

> 自然生活:共存共栄の生活。人間は一人では生きることはできません。人間の生活は、お互いに共同し、かつお互いが束縛しあっているところの社会生活です。束縛のある生活の中でもまだなお自由を感じることができるように適応力を高め、自他共存共栄の生活をすることが人間としての自然生活の必須です。

ヨガとはそういう生き方をする身構え、心構え、生活の仕方を具体的に教えている哲学であり、方法です。

このブログを始めるにあたって

このブログを始めるにあたって、沖先生の講義を二つ聞きました。沖先生の教えは広大かつ深遠なので、どんなに長くかかわってきていても、自分には到底「沖先生の教えは何か」、すなわち「沖道ヨガとは何か」を、簡潔な言葉で言い表すことはできないと感じます。沖先生が繰り返し言われたように、「ヨガは言葉で聞いたり読んだりして学ぶものでない」のですから、私がそう感じるのは自然なことでしょう。でも、体の訓練で上達したければその練習内容を時々チェックしなければならないように、「沖道ヨガとは何か」を今の自分のレベルで書いてみることは、私の沖道ヨガへの理解を助けてくれるように感じます。ですから、沖先生の講義や本の中から 現段階で私の耳に入ってくることをここでシェアさせていただこうと思います。皆さまにもコメントしていただきながら、一緒に学びたいと思います。