視点を変える

1978年9月29日に「ヨガ」十段階」というタイトルで沖先生が行われた講義の中から、先生の言葉を紹介します。

私は、救われる方法も、悟る方法も、願いを成就する方法も、健康になる方法も、すべての方法は一つだと思います。それは、いのちの喜んでくださるような生き方の、工夫と研究とその実行の努力をすることである、ということです。

例えばいのちは体を柔らかくするほど喜び、呼吸が深いほど喜び、自分に適した栄養を取ったときほど喜び、不要なものをためていると苦しみます。

先日、多くの会社の社長が集まって、熱海で三日間商人道のセミナーがありました。その時に「儲かる方法は何ですか?」という質問がありました。私は言いました、「簡単ですよ。あなたの店を見るときにあなたの目で見るからわからないのであって、他人の目で見るといいんです。客の立場であなたの店の前に立ってみて、あなたの店は入りたくなるような店か、また、入ってみて、その店を儲けさせてあげたい気持ちが起きるか、考えてみてください」と。このように違う視点から考えて見ることです。

聴く能力を持っていなければなりません。いのちに喜んでいただきたいなら、いのちの声を聴かねばなりません。いのちの言い分を聴く能力を持っていなかったら、自然治癒能力を高めようと思っても、高める方法はありません。いのちは絶え間なく要求を出しており、その要求こそが命の心なのです。だから命の要求を聴く練習しなさい。

また、いかなる場合も自分を「Yes反応」の状態に置いておきなさい。「Yes反応」とはどういうことかというと、いかなる刺激に対しても感謝の心で応えることです。

また、すべての物事を宇宙から与えられた恵みと解釈し貴く扱うこと。そういう心を養いなさい。例えば、水を飲む時には、ただ飲むのではなく、天地の恵みと思い、おかげを感じ、水に犠牲になっていただくと思うような心、それがぱっと出てくるように自分の心を養いなさい。

また、何事をするにおいても、「もしも自分が神様ならばこの場合どうするか」、「もしも相手が神様ならば自分はどうするか」と思えば、変なことはできません。接し方が全く違って来ます。

ヨガ10段階のうちプラティヤハラ、ダラーナ、ディヤナ、サマーディ、バクティ、ブッディ、プラサードは、こうした修養法です。

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