世界平和を実現するには一人一人が平和な状態でなければならない

私が前回の投稿「ヨガの教えること」で書いたことは、沖先生が「人間にとっての自然体とは、自然心とは、自然生活とは何か」について語られたこと、また、先生は「ヨガとはそれを我々に教えてくれる哲学と実践方法の体系である」と言われたことでした。

今回の投稿では、沖先生の小冊子「Last Lectures(最後の講義)」の中の2つの講義に注目しまとめました。この二つの講義とは、一つは1985年6月28日フィンランドで行われた講義、もう一つは1985年7月15日にベルギーで行われた講義です。先生の日本語での講義に玉木瑞枝さんが通訳として付きました。小冊子「Last Lectures(最後の講義)」は1985年夏にヨーロッパを回って行われた一連の講義をのちにテープほどきして、小冊子にしたもので、オランダのラーレン道場が出版しました。日本語判はありませんが、日常的な言葉で語られていて、ページ数も少ないので読んでみてください。先生から私たちへの最後のメッセージで、私はこれには他の本よりも注目しています。沖先生は常に、実に高邁な理想から、日常生活に適応できる実際的な示唆まで、私たちの注意をひきつけます。ここで選んだ二つの講義では、沖先生は次のように語り始められます。

「私の講演へ参加者の皆さんは、例えば、愛とは、宗教とは、平和とは、健康とは、ヨガとはという具合に様々なテーマで話を求められますが、今日は [どうやったら平和を創ることができるのか]というテーマでお話ししたい思います。なぜなら、[平和]という概念の中には人間性のいろいろな局面が含まれているからです。」

沖先生は、第二次世界大戦後に平和主義者になると決心して、いろいろな平和運動に参加されました。しかし、そこで知ったことは、紙上や口先での平和主義者は多くいるものの、その人達自身が必ずしも平和な人ではないということでした。それで先生は、「平和な世界を実現するためには一人一人が平和な状態でなければならない」ということが分かったと言われています。そして、平和な状態には、「平和な身体」、「平和な心」、「平和な生活スタイル」の三つの要素があると言われ、以下にそれぞれの項目について具体的に説明しておられます。

「平和な身体」を創るには

  • 筋肉の柔軟性を保つこと
  • 背骨を伸ばしておくこと
  • 呼吸を深くしておくこと
  • 血液をきれいに保つこと

ヨガのアサナとプラナヤマはこれを教えています。

「平和な心」を創るには

感情、欲望、知性の間のバランスを取ること。

  • 感情と欲望は、考えて起こるのでなく自発的に起こってくるものです。ある考えや感情が湧くとき、それを否定しないでください。その代わり、「この今起こった考え、もしくは、感情に対する反対の考えや感情は何だろう」と考えるのです。よく考えると、物事にはいろいろな解釈の仕方があるとわかります。そうして、最初の自発的に湧いた考えあるいは感情に対する反対のものを持ってくるのです。この練習を積んでいくと、皆さんの心は、「あれであれ、これであれ、大丈夫」と感じられるようになってきます。バランスの取れといない考えや感情は、適応能力が低い場合におこるものです。
  • 知性を平和に保つには、自分の理解していることと、理解していないことをきちんと区別することがまず大事です。

「平和な生活スタイル」を創るには

平和な生活スタイルとは、私たちがお互いに助け合い、一緒に発展していく生活スタイルです。これは愛のある生活ということです。人間の争いのもとはエゴイズムと執着です。平和な生活スタイルを実践するには、次のことを気に留めてください。

  • 物事の所有については、所有を悪いこととする必要はなく、それらの物事を公のものとして、自分と他の両方のために活用しなさい。
  • 何事をするにしても、それが自分のためと他の人のために同時に等しく半分ずつ有意義であるように行いなさい。自分自身の喜びと他の人の喜びが同時に等しく半分ずつであるようにしなさい。

このように、沖先生は私たちに、高邁かつ実際的な示唆を残してくださいました。私は、この両方の側面を持つことが沖ヨガの美しい特徴の一つだと思っています。

2 thoughts on “世界平和を実現するには一人一人が平和な状態でなければならない

  1. この平和な心を持つということ。
    私にとっては何度も救われた言葉です。

    ラストレクチャーについてもそうですが、沖先生の言葉とともに、文章から森先生の温かさが伝わって来て、何度も読み返しています。
    ありがとうございます。

    • 希依さん、コメントありがとうございます。沖先生の言葉は広く深いものを日常の平易な言葉で表現されているので、身に染みるように入ってきますね。どこかで、Be a Light Holder という表現を見ましたが、「暗闇の中で小さい光がありがたいように、自分が光を持つ人でありなさい」みたいな意味で言っていました。イギリス沖道ヨガは36年続いていてもヨガセンターを持たない小さな会なのですが、「沖先生はグループを大きくしなさい」など全く言われず、「小さくてもまじめな会にしなさい」と言われましたので、それを念頭に置いています。自分のできることを、人の為自分の為の両方に同時に良いようにやっていきたいですね、よく考えて創造性を働かせれば必ず両方にとって良い接点がありますから。そうすると楽しくなってきます。

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